関東都市学会2021年度秋季大会 逐語録

地理学分野からの報告「地理学におけるコロナ禍とポストコロナへの模索 ―都市地理学の視点から―」
(高崎経済大学名誉教授 戸所隆)

 戸所です。地理学分野から発表させていただきます。
 先ほどから会長や米本先生の話を伺って、私の発表は趣旨に合わないかもしれませんが、コロナ禍における地理学研究の状況と、米本先生の解題に対する私の考え方を発表させていただきます。

1.コロナ禍での地理学研究
 地理学の主要学会におけるこの2年間の口頭発表や論文を見ていますと、コロナ禍を主要テーマにした研究は思ったより少ないです。その中で新型コロナウイルス感染者の詳細なデジタルデータをGISで分析し、感染の空間的拡散状態や伝播形態、あるいは人流や行動様式とその密度の実態を地図化した研究は顕著な成果といえます。この分析結果はいろいろなところで使われ、政府の政策にも活用されております。
 地理学ではこれまでもスペイン風邪やその他の感染症に関する空間的伝播パターン研究業績はあり、個人的には中国での新型コロナウイルス発生時における感染症専門医を中心とする政府対策を伺い、医学地理学や地理学の地域環境面からのアプローチ手法や研究業績も活用すべきと思いました。政府がそうした視点や研究を初期段階から参考にしていたら、その後の対応も変わっていたのではと考えます。縦割り行政や総合的にみる視点を持たない国民意識の問題かも知れません。
 地理学の現在における最大問題点は、会長のお話にもありましたように、移動制限のために現地調査や実証研究が思うようにできないことです。皆さん研究がうまく進められず、悩み、様々な工面をされております。こうした中で、これまでの研究をまとめて単著で出版する研究者が多いように感じます。現地調査に出られない時期だからこその現象かなと思ったりもしています。
ところで、コロナ禍を主要テーマにした研究は研究全体に占める割合は少ないですが、地理学は地域を研究するため、研究の背景とか分析過程でコロナの影響を大きく受けています。その延長上で、ポストコロナを見据えた研究も見られます。また、コロナ禍でも基本的な人間行動の変化はなく、従前からの都市問題や都市政策は継続しているわけで、それを踏まえたポストコロナの取組とか変化予測が今、求められていると思います。
 今回の解題を見させていただきますと、次の3点が課題と考えます。第1に、コロナ禍は都市のにぎわいとか密などの都市の根本的な成立要件に疑問を投げかけており、これに対する答えを求めています。第2に、感染症を抑えるのに各研究者は何ができるのか、どんな役割があるかです。第3に、リモートワークなどで人々の過密に対する考え方が長期的に変わる可能性があるのか否かです。要するに、全国的、国際的に優先的に解決すべき課題とか、都市学で肯定的に捉えてきた集積、にぎわいの評価や今後は方向性に対して問いかけられていると判断して、私なりに考えてみたいと思います。

2.地理学からコロナ禍・ポストコロナへの模索・視点
 地域社会に何らかのインパクトがあったとき、それによって地域社会には「変わらないもの」「変わるもの」「変えてはいけないもの」「変えねばならないもの」が生じてきます。地理学はそれらを分類・分析の上、地域社会のあり方を考えるようにしています。コロナ禍の地域社会でも従前に比べ「変わるもの」もあれば「変わらないもの」もあります。また、「変えてはいけないもの」、「変えねばならないもの」も出てきます。それが何かを総合的に分析し、ポストコロナの地域社会のあり方、都市学の方向性を模索する見方です。
 地理学で重要なもう一つの視点は、時空間スケールによる分析です。時間スケールは、たとえば短期・中期・長期に分けて分析する視点です。短期的にはコロナ禍により様々な地域現象・地域システムに変化が生じて大きなダメージを受けています。しかし、正常化するとその多くは中・長期的には元に戻り、コロナ禍は人々の記憶から薄れていくのではと思います。他方で、コロナ禍による職種によるダメージや所得格差の拡大が、中期的に人々や地域社会の分断を惹起し、長期的には地域社会構造の二極分化などの変革をもたらし、国力・地域力の盛衰を招くこともあります。
 コロナ禍を空間スケールでみますと、個人レベルで大きな影響でも都市全体の影響は小さいということがありますし、都市レベルと国家レベルでも異なります。生活様式の変化等で個人的に大きな影響を受けても、都市全体ではあまり問題ないこともあります。大都市と地方の小さな町や離島ではコロナ禍の深刻度が全く異なります。東京の感染状況が深刻になるからと、国家権力で全国全ての小中学校を休校にしましたが、それによって感染者が一人もいない離島の学校まで休校になり、それにより新たな問題を生み出しました。空間スケールを無視した政策ミスといえましょう。ここでは基本的には、中長期の都市スケールでポストコロナの都市の在り方について考えたいと思います。

3.変わらないもの:都市の本質・都市づくりの必要条件
 都市の本質と都市づくりの必要条件は、江戸時代以降を見る限り、基本的に変わらないものです。都市の本質として私は、a.接近性、b.結節性、c.移動性、d.創造性、e.新陳代謝性、f.多様性、g.中心と周辺からなる構造を重視しています。都市にはその都市へ近づきやすい接近性(アクセシビリティ)が先ず必要で、次いで都市に集まった人や物・情報・金が相互に結び付く結節性とそれにより新たな価値を生み出す創造性が重要となり、それらが自由に移動しつつ質的転換を図る移動性(モビリティ)が欠かせません。また多様性を生み出すことで都市の価値が高まります。さらにそれらは固定したものでなく時代の変化に対応して常に新陳代謝する必要があり、それらは相互に機能分化して中心と周辺に構造化され、都市構造となります。
 移動手段が人馬から自動車・高速交通機関に変わっても、都市の本質は変わらない。江戸時代には人馬・舟運など交通結節地に城下町が構築され、都市の本質を満たす地域が今日まで都市的発展をしてきている。都市学で肯定的に捉えてきた都市の集積とか賑わいは、接近性・結節性・移動性・創造性・新陳代謝性・多様性が機能した結果の現象であり、ポストコロナにおいても規模や密度に変化があっても基本的性格は不変と考えます。
 都市・まちづくりの必要条件は、a.安心・安全の保障、b.基礎教育・生涯学習の充実、c.雇用の確保(経済の安定・成長)、d.住民自治・参加と考えています。都市の成立には市民の衣食住を確保して地震・風水害・火災・疫病など防災、防犯、防衛による安心安全が求められる。また、基礎教育・生涯学習の充実が高等教育を発展させ、後継者養成が欠かせません。これらを維持するには税収を確保する必要があり、雇用創出のために経済発展を図らねばなりません。さらに民主的社会を構築維持するには、住民の自治への参加が欠かせません。
 以上、都市の本質と都市づくりの必要条件はコロナ禍であろうとポストコロナであろう変わらないものです。その結果、都市学で肯定的に捉えてきた都市の集積や賑わいは都市に不可欠なもので、量や質は変化してもその本質は不変となります。

4.変わるもの:技術・価値観・人文自然現象 
 科学技術は日々高度化し、社会に様々な変化をもたらしています。コロナ禍において大きく変化したものに、リモートワークがあります。今日の関東都市学会秋季大会もZoomを活用してオンラインで開催されています。会員は全国各地からリモートで参加しており、私は前橋の自宅から報告しています。また、人口、気象現象、巨大自然災害・パンデミック、戦禍・経済恐慌など様々な人文自然現象は様々な要因で変化します。その結果、都市をかたちづくる産業形態・就業構造・生活環境・都市構造・価値観などに影響をもたらします。
 コロナ禍を経験することで人々の働き方や職業観、都市のあり方や価値観が変化し、人々が行きたいまちとか暮らしたいと思う都市もポストコロナで「変わるもの」となるでしょう。例えば、非常に密度の高いところへ集まるのがいいと思っていた人も、一定の密度がないと都市は成り立ちませんけれども、密度の低い都市が良いとか、大都市より自然環境の良い中小都市へとなることはあると思います。

5.変えてはいけないもの:都市の本質・都市づくりの必要条件・地域アイデンティティ
 「変えてはいけないもの」にはそれぞれの都市によっていろいろありますが、どの都市にも共通するものとして都市の本質とまちづくりの必要条件は、「変えてはいけないもの」と考えます。
 以上に加えて、地域アイデンティティも変えてはいけないものです。その都市が伝統的に築いてきた文化性・地域性・歴史性の喪失は、結果として市民を束ねてきた糸を切ることになり、都市の衰退・崩壊を招くことになります。都市の本質とまちづくりの必要条件、地域アイデンティティが変わり出したらそれを阻止して早急に再構築を図る必要があります。

6.変えねばならないもの:コロナ禍で惹起した都市衰退要因の除去・改善
 「変えねばならないもの」は都市の持続的発展を阻害する要因です。ポストコロナに求められるものは、コロナ禍で惹起した都市衰退要因を除去し、改善することといえます。私は次のことがウィズコロナ/ポストコロナの都市政策に必要なことと考えています。すなわち、
1)デジタルデバイド(情報格差)を改善し、デジタル技術革新に対応したDX社会の構築、2)中央集権型統治から分権型統治への転換、3)時代の変化に不適な制度・法律等の改訂、4)強者の論理・資本の論理中心から弱者の論理・地域の論理中心へ、5)顔の見える人間関係を築ける移住者定着政策です。
 1)日本社会におけるデジタル技術革新の遅れがコロナ禍対応で強く認識されることとなり、デジタル技術革新への対応したDX社会構築の必要性が高まっています。情報伝達の遅れや国際競争力の低下が起き、デジタル庁設置など官民挙げて遅れを取り戻すべく努力が続けられています。しかし、日本のようなアナログ先進国は、旧来の基盤整備がされていない途上国に比べ、デジタル化が難しい。それはアナログ技術によって構築された強固な基盤システムを変えるには国民の価値観を根本的に転換させる必要があるからです。また、情報格差とか雇用の二極化など、技術や価値観の転換が求められています。
 2)中央集権型統治から分権型統治への転換は、コロナ禍対応において中央政府と各県の知事との対立が散見され、中央と地方の役割分担、権限の明確化の必要性を感じます。この問題は永年の課題であり、巨大都市東京に首都を置いたまま制度改定で成果を得ることはできません。国土構造を変えていくことが必要で、それをしないと元の木阿弥になってくる。そういう意味では、首都機能移転によって分権型国土構造に変え、様々な災害や地域的課題に柔軟に対応できる都市・社会システムの構築が求められます。都市構造・都市圏構造も一極集中型からコンパクト+ネットワークの大都市化・分都市化型に転換する必要があります。
 また、3)時代の変化に不適な制度、法律を変える必要があります。ポストコロナの人口減少社会では、過疎地域でもコンパクトで都市的機能の充実したまちづくりが期待される。しかし、現行法制では秩序ある秩序あるまちづくりをすべく一定の都市機能集積を持つ地域を市街化区域にしようとしても40人/haの人口密度要件を満せず、市街化調整区域となる。その結果、都市計画制度を導入できず、無太陽光発電パネルなどの無秩序立地も防げず、移住者等に魅力ある環境も創れません。これはかつて高度経済成長、人口急増時代につくった法律等が人口減少期には適さなくなった一例です。地域発展を妨げる制度、法律の改訂作業が、ポストコロナの都市づくりには必要と考えます。
 4)民間デジタルデータ利用による強者の論理・資本の論理への傾斜の懸念については、詳しく申し上げる時間がありません。しかし、コロナ禍で人流・消費行動などの政府統計がないため、個人を特定できない形で民間統計デジタルデータを使った研究・分析結果が様々なところで活用されてきています。例えば、全国展開する企業の顧客消費行動に関する何万という膨大なデジタルデータを使って消費行動の変化を調査分析し、公的機関や研究機関から結果報告されることが増えて、それらが政策形成にまで使われるようになっています。現状をアップ・トゥ・デートに捉える点で優れていますが、統計母集団に偏りがある場合、社会全体がその結果に影響され、政策立案される危険を感じます。高所得者や行動力のある人々の多い母集団データからは、強者の論理というか資本の論理に基づく政策形成となりかねません。弱者の論理・地域の論理にも目配りしたポストコロナ政策が求められます。そのためには、デジタル化できないアナログデータも重視すべきと考えています。
 5)顔の見える人間関係で安心感の移住者定着政策がポストコロナには必要です。コロナ禍において大都市から地方都市や田舎への移住者増加報道を散見します。しかし、移住してもしばらくすると戻ってしまう人も多いとのことです。その要因の一つに、地域の人びとと顔の見える人間関係を築けずに孤立してしまうことがあります。コロナ禍により人々の交流が減少し、地域間格差拡大や人々の分断化が顕在化してきています。地域の再生を図るためにも、移住者定着政策のためには、顔の見える人間関係を醸成できる環境整備が重要と考えます。ポストコロナには、地域の人々、そして移住者ともかゆいところに手の届く新しいタイプの開放的交流インフラの創造が必要となります。

7.コロナ禍による変化と問題点
 コロナ禍で以上のように、生活様式が大きく変わり、デジタル化・DXで脱地理的制約といいますか、都市社会構造変革が起こっています。今日も本来、東京の会場に集まって開催される予定でしたが、現在私は前橋からオンラインで皆さんと議論しています。東京など強い地域から若干、人口や企業の地方への流入・回帰などの新しい動きがあります。それをマスコミなどでポストコロナへの新しい動きと評価しています。こうした変化はポストコロナに定着し、良い方向に拡大していくでしょうか。私はポストコロナでもバブル経済崩壊後と同様、根本は何も変わらず多くは元に戻るではと懸念しています。
 1990年前後のバブル経済の際、東京の地価が高騰して首都圏外郭地域に住宅を求めて東京から人口流失しました。新しい流れと群馬県も板倉ニュータウンなどを造成し、東洋大学も2学部できました。しかし、バブル崩壊で東京の地価が急落して多くの土地や銀行・企業などが不良債権化すると、銀行や企業は政府の支援で社長をはじめ幹部総入替で再生、安くなった土地には超高層マンションが林立しました。その結果、群馬などに移住してきた人の多くが東京に戻っていき、東洋大学なども都心回帰と称して撤退しつつあります。その結果、バブル期に何ら問題なかった板倉ニュータウンなど群馬の土地が不良債権化しました。東京も個々の人々には紆余曲折があるものの、現在では都市としての東京にバブルの後遺症は感じられません。他方で、群馬には今日まで空洞化等深刻な影響が続いています。
 これと同じようなことがポストコロナでもおそらく起こるでしょう。弱い地域や人々は強い地域や強い人々のあおりを受けて、ますます衰退していく。こうした現象がポストコロナに起こると考えています。東京は一極集中で益々元気に復活して行くでしょう。東京だけを見ていれば、日本は再生し、もはやコロナ禍を克服したとなるでしょう。しかし、その背後で東京以外は衰退し、東京との格差が拡大し日本全体では国力・国際競争力の低下や貧困問題が深刻化し、新たな都市問題が惹起してくるのではと懸念しています。
 そうした事態を避け、あるべきポストコロナ時代を模索するには、今こそ国民一人一人があるべき国のかたちを考え、どの様にそれを実現するか考える時と思います。それには先ず、どの様に変えるべきか“理念”を明確にする必要があります。

8.ウィイズコロナ/ポストコロナの開発哲学:あるべき国のかたちへの理念
 私は東日本大震災直後の日本学術会議の緊急集会において、阪神淡路大震災の経験を踏まえ、新たな開発哲学に基づく復興を図るべきと提言をしました。コロナウイルスによるパンデミックも自然災害の一形態といえ、ウィイズコロナ/ポストコロナの開発哲学・理念も基本的に同じと考えています。
人間と自然の共生は、ウィイズコロナ/ポストコロナの開発哲学・理念にも不可欠と考えます。自然の摂理を十分に認識し、人間も自然の一部として共生するために科学技術は活用すべきです。またコロナウイルスを未来永劫完全に除去することはできないでしょう。すなわち、完全防災型でなく自然と共生するウイルスの変異に対応したワクチン開発などで減災型地域づくりが求められます。
東京一極集中を避けるためには、中枢機能を一極集中型・中央集権型から分散・分権型に転換し、地域構造を閉鎖階層型から開放ネットワーク型に変えねばなりません。これには東京から首都機能を移転させ、分権型国土構造の政治行政システムに再構築する必要があると考えています。さらに、強者の論理・資本の論理中心から弱者の論理・地域の論理中心への転換が必要です。これも首都機能移転の実現によってかなり実現すると考えます。
 開発スケールはメガスケールからヒューマンスケールのコンパクトな都市づくりへ転換し、拡大・年輪型市街地形成から積重ね再開発型市街地形成に転換する必要があります。また、再生可能エネルギー研究で世界をリードし、資源がなくとも持続的発展のできる基盤づくりを目指すべきです。パンデミック・災害に強い自然と共生した国土構造・地域社会に日本を再構築することで、質的に異なる新たな経済成長が惹起すると考えます。新時代の成長戦略を見出し、日本を再生することがコロナパンデミックで命を失った人々への義務です。
 自然と人間の共生によって築かれた多様な文化・産業・地域性がそれぞれの地域には存在します。それらを活かしたウィイズコロナ/ポストコロナの地域づくりには当該地域の人々による自力再生型復興・開発が重要となります。すなわち、地域の人々を中心に活動しつつウィイズコロナ/ポストコロナ事業を行なうことで、当該地域社会に知識・技術などが蓄積され、地域社会発展の基盤づくりが可能となるでしょう。これまでのように中央政府や東京の大手企業に頼っていては、利益は東京などに環流し、金も技術も仕事も当該地域にメリットを残しません。こうした事態を避け、パートナーシップ型応援システムの構築を構築しつつ、地域社会の人材養成に努め、その後の地域発展に結びつくかたちでの内発的地域経営ができるウィイズコロナ/ポストコロナの地域づくりのあり方を模索すべきです。

9.国のかたち・国家戦略の創造・選択
 どのような国になるのが良いのか、ウィイズコロナ/ポストコロナは国内外の実態と相互関係を時空間的に把握し、連携・協調して新・知識情報社会を構築する時と考えます。そのためには国のかたちや国家戦略を国民一人一人が考え、創造・選択する必要があり、教育とりわけ地理・歴史という時空間を考える教育が非常に重要になってきます。
 高等学校では来年度から地理総合と歴史総合の必修が始まります。地理総合はGISという技術的なこと、グローバルな視点と防災の視点から地域を考えます。その上でこれまでの「地理B」の系統地理・地誌的分野が「探究」となり、それを構成する三本柱の一つとして学習指導要領に「現代日本に求められる国土像」が位置づけられました。世界動向をにらみながら今後の日本をどうしていくべきかを生徒に考えてもらうものです。「地理」の学修ですが、理念としては初等・中等教育12年間に学んできた数学も物理・化学も国語の成果を総合的活用して考えてもらうものです。これは私が現行「地理」学習指導要領作成委員の際に提言・実現したものの拡充で、感慨深いものがあります。
 高校生が現代世界におけるこれからの日本の国土像を総合的に考え、持続可能な国土像を探究することは、ウィイズコロナ/ポストコロナの地域づくり・都市形成に大きな影響を持つと考えています。地理総合で知識・技術を学び、地理探究の総合的なアプローチであるべき国土像を考える環境を創るために、これまで多様な学会その他に呼び掛けて、応援して頂きながら活動しています。

10.おわりに
 ウィズコロナ/ポストコロナにおいても、都市の本質や都市構造は基本的に変わりません。他方で、コロナ禍を契機にリモートワークなど科学技術の高度化による変革は着実に進展してきています。それらを総合的に勘案して、あるべき国のかたち、都市像を創造していく必要があります。そのためには教育が重要であり、地理教育の役割は大きいと考えます。
 また、研究者はこれからもウィズコロナ/ポストコロナのために地域社会を調査研究していきますが、その理念はいわゆる近江商人の「三方よし」とか、今日盛んに言われるSDGsの理念に共通すると思います。都市学会としてもウィズコロナ/ポストコロナに資するまちづくりや都市の在り方、そして「新しい都市学」を考えていかれることを期待しております。

以上

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《関東都市学会2021年度秋季大会 逐語録一覧》

【開会挨拶】大矢根 淳(関東都市学会会長・専修大学)
報告①解題・経済学分野からの報告「コロナ禍と都市の経済・人流」 米本 清(関東都市学会研究活動委員長・高崎経済大学)
報告②NPO・ボランティア/災害分野からの報告「コロナ禍における市民活動の展開」 菅 磨志保(関西大学)
報告③社会学分野からの報告「都市社会学とソーシャル・ディスタンス」 松尾 浩一郎(帝京大学)
報告④地理学分野からの報告「地理学におけるコロナ禍とポストコロナへの模索 ―都市地理学の視点から―」 戸所 隆(高崎経済大学名誉教授)